自然界の不自由さを容認出来る事が自由への入り口だ。それは、体内脳内の水分子が証明している
何故、体を元気にしてでは、違和感があったのか?
先ずは元気の認識が、弥生式。
即ち気になる箇所が気にならないが元気だと、近視眼では捉える。
スバンが短い。
元の素のエミシ、縄文の、元に最低限戻っての、気持ちよさ。
だから、今のところ、体の全てを野生に帰してが、良いと思う。
天気も、自然は全て非線形であり、複雑系。
複雑系は、危うい縦軸をその場その場で見つける思考。
たから、線形都市部からは、未来が訪れない。
登山道もいらない。
獣道を見つけれる、目が必要だ。
その時に複雑系ね視力になる。
失明せずに失明させて、新たな見るを獲得。
此れが半眼。
さてNさんから頂いた本と僕の体感融合を取り上げたい。
僕が新たなニューロンの道と捉えるモノが、グリア細胞とわかった。
ニューロンには、ナトリウムやカリウムが通過する扉を開くチャンネルがあっても、水溶液の中での微細分子である、水分子だけを通過させるチャンネルを持たない。
即ち、水環境と大気環境を結ぶ水が、微細水分子である。
それが上空で急速に冷え、体積を増やし微細分子が綺麗にクッツクが、クラスタ。
雪印マーク。
この上空で冷え固体化するのは、高度が高いほど、僅かな量で全身麻酔が効くことと関係する。
それがこのプレゼントされた本に出てくる、ボーリング博士。
山伏が山の頂上に近い場に暮らして、起こすのは、脳内の水のクラスタの再生、即ち脳内水分子の転生だろう。
だから洞窟内に入るも、伏流水の仕組みと一緒だ。
雨水が湧き水になろうが、雪が降る地域に今言い伝えとしての日高見の水が有ろうが、縄文人が言い伝えたい水とは、全く違うはず。
体では、細胞内と細胞外を通過出来る水は、水分子のみとなる。
凄く面白い。
水分子だけを通すチャンネルが、アクアポリン物質で、2003に発見され、ノーベル化学賞に輝いている。
このアクアポリンがニューロンにはなく、グリア細胞にだけ、無数に存在する。
脳内進化は、ニューロンではなく、グリア細胞でおきる。
世直しも、人類の覚醒も。
脳内気付きが起きないと、グローバル資本主義は、次へ向かえない。
縄文人は、ニューロンではなく、グリア細胞をメインに生きていたはず。