今年は去年よりも更に、東京がどか雪に。備えて損はない。
今年の冬は早すぎます。
夏は更に温暖化。
冬は更に寒冷化。
さあ縄文人類の息吹を吹き返せ!!
自然界と響命するには、先ずは自然体をしらなきゃ。
だけどリラックスとは違う。
自ら在るが自然だから、なかなか我々はこのながーい弥生時代で、自然をまるごと感じられない生活をして、選り取りみどりから、都合の良いヶ所のみを選んだ自然を自然と捉えてしまった。
だけどまるごとの自然受け入れた時に、始めて畏敬の念畏怖の念が、心底から理解出来る。
だから、チャンスだ。
生きる方向を変えるチャンスだ。
そう、僕は思う。
僅かなひねりが集まれば、大きなひねりになる。
それが、 ゲームをひっくり返すに繋がる
ゴールはひっくり返した時に、始めて見える。
だけど見える形が見えないと弥生人は、一歩を踏み出せない。
しかし見えてるならば、世界はとっくに変わっている。
だから、縄文人を知るしかない。
縄を束ね、集団で事をなした。
ならば集団とは、狩猟採種の頃の役割分担だけど、相手は野生だから、分担した場に行くとは限らない。
全てを補完しあう関係。
だから、予定調和が出来ない。
予定調和ではマイナスのカードも活かせないと、縄文人には近づけない。
ましてや、狩猟採種するわけではない、進化した新縄文人。
今、名古屋から来ているサポーターで参勤交代第二号のKさんも、20日いてジワジワと根本を変えるがスタートだとわかり始めた。
自分もそうやって都会のグローバル資本主義の方法持ち込んで、限界来ている弥生を変革出来ると思っていた。
けれど無理。
だから、変わる為の予備知識は、あれば在るほど失敗する。
してきた。
だから、テニスプレイヤーやサッカー選手が、一瞬一瞬で零化出来るかと同じく、一瞬にして引きずらない0の自分からいつもスタート出来るかだ。
だから、生活の糧から全てに対して以前の栄光を、引きずらないで毎回毎回0からスタート出来なくては、縄文時代には生きれない。
しかし、もう既に弥生は終焉した。
だから、新縄文人類になるしか、生きれるみちはけない、
後は決めるか、やり過ごすかだ。