あらえびすブログ

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山の初雪が、溶けたけど

平野部まで一気に来た初雪は、お山でも溶けたけれども、ヤッパリ地球さんは、怒ってるなと思うのです。

昨日は、前回雪の中をまだまだ黒伏山の力水をお届けしたく、訪ねられた男性がお二人いたので、埋まっても押してもらえると多分あの状況では、誰もケイトラで山に入らないにもかかわらず、汲み上げに二往復。

やはり、男性がお二人いてよかったの結果?

そして、十八個出荷後その在庫もなくなり、昨日は一人でビクビクでお山に。

いないあいだのお天気回復で、ケイトラでも、安心の汲み上げでした。

本当に綺麗なんです。

雪に包まれ、人を拒否する時期のお山は。

心が洗われます。


日本中で、水がドンドン枯れてきている。

それにも関わらず、中国は相変わらず他国の水源を買い漁る。

ブッシュ一族も。


日本人は、日本の野性の生き物が安心して生活できる場を、守ると言う、人類の駆け引きとは別な役割が地球に与えられて配置されているはず。

でも、悲しいかな短絡的な今に思考を捕られ、この緊急のお山の現状を本気で把握しようとしない。

もうすぐ、他国の汚れた薬付けの水を破格な値段で押し付けられることも、すぐそこまで来ているのに。


そんな焦りが、僕を後押しいての、この一週間の忙しさでした。

特に長い間の運転や、水の試飲に向けてのセットの木工、汲み上げボトリング梱包そして睡眠不足、最近ではすっかりこの電位の高い場に慣れたので、見事に鉄とコンクリートで電位を奪われ股関節を痛めたようです。

東京に事務所が出来たときは、愛工房の電位を奪わない杉材に助けて貰わなくては、今では体がスッカリ縄文と化してしまい、鉄文化園にはいけなくなってしまいます。

いよいよ、この仕事を貫通させていくために、まるでプロのスポーツ選手のように、エクササイズをして整える時間も自分に与えなくてはなと、昨日感じました。

今日から一時間、伏流水汲み上げ作業エクササイズを、自分の為に始めて行きます。

やっと念願の、自然界回復生活作業の為の、体の自前ケア〜エクササイズを始動させる事に、繋がります。

躍りや武術、そして人の身体に関わって、長い間活かされてきたノウハウを、いよいよ自然界の為に役立てる時が来たようです。

更に、自然界の駒になって生き抜きたい。

モノノケのSUNの生き方も、エボシの生き方も、そしてあの政治がらみのハゲ山伏のオッサンも、存在に関しては容認出来るようなそんな強さと、その上で獅子がみさまの意思を汲み取り生きれるアシタカを、自分を生き抜きたい。

モノノケの映画のように、多くの民が気付き、思い腰をあげるためには、まだまだ棘の道を歩かされますが、越えなくてならない何としてもって、そんな気持ちや覆い被さる更なる状況が、僕の想いを強くしてくれていることと、それでもお前はこの道を離脱せずに歩く事に変わりないんだよねと、本当に何処までも何処までも試されます。

精神力と体力が勝負です。

考えてみれば、この活動に着手した十六年前。

その時はそれでも大変でした。

そして伊豆に移り、様々をやろうと家まで建てての決意でしたが、この場は違うよと、根こそぎ準備したものを、獲られました。

そして、山形で。

準備にさえ、三年もかかり、今やっと始動はしている、風が強い時のカヤックそっくりで、必死に漕いでる割りには殆ど進んでいないが、停まっても後退してもいない。

手を休めると何処に流されるかわからない。

だから取り合えず漕ぎつづけるしかない。

初心者で台風を載った自分の体験が、ここで一致するとは思っていなかった。


そして、取り合えず進んではいる。

いつ追い風が吹くか。

それだけは、天任せ。


そういえば、ホット一息は、この十年一度もないように感じる。

取り合えず目標はせめて一週間、何も思考しなくよい時間が与えられるときまで、漕ぐしかない。

十年も強風が向かい風で来ているのに、よく沈没もせずに、来ているなと、我ながら強運に笑ってしまうけれども、年々体力はなくなりキツくなって来ているのは確かです。

その分、イチロウのように、エクササイズで、長持ちする体を維持しなくてはなりません。


東京からはなれて、伊豆で薪割り様々な日常の時給的なルーテイーンをこなす体への変革はには、四十でギリギリと思っての決断移住でした。

それが山形の里山では、子供のお遊びレベルであった。

薪の本数は十倍もいる。

本当にやることが次から次からとやって来る。

地元の街場の人にも、私たちでも住みたくない場所によく住めるは!と言われる。

いつのまにか、薪の二万五千本は体が覚えてしまった。

そして、水汲み。

これも、もしも水道がなければ、やるしかない。

そして、それも体が当たり前のルーテイーンで、覚えている。

その合間に大工仕事。

これも合間でどうにか完成するようになってきた。

後は更なる作業に対応する、身体改造

まさか、お山と共に生きるために、エクササイズをもう一度始動するとは、思ってもみなかった。

何故出来るか?

それは余りにも、お山そのものの成り立ち、生き方が美しいから。

それから、始めて人の美しさの原点にも、気付いた。

原点が狂っていると、全てが違ってくる。








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