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あらえびすブログ

あらえびすのブログです。各プロジェクトや、日々のこと等情報発信。代表東出融の過去記事、Facebook発信のまとめもみることができます。

中沢新一さんの続き2

仏教思想のバロックとも言うべき密教が、渦や乱流や星雲のモデルの方に向かおうとする傾向を持っているのも、ギンズバーグが「浄化」という言葉で語ろうとしてことと、深い繋がりをもっている。

密教も意識を純粋な力の場として捉えている。

そして、「心理的投影というベールだとか、あらかじめ用意された概念や思考だとかが介入してこないところで、すくすくと成長する若木のような」純粋な力としての意識の自然成長する様子を、直接的に捉え、観察しようとするのだ。

自然状態の意識は、途絶えることのない運動性を孕んでいて、どんなに微細な領域まで降り立っていても、けっしてのっぺりとした均質性、同一性に辿りついてしまうことのない、微少なスピンなズレを孕んでいる。

体験的に観察できるこの事実を表現するために、密教はマンダラをはじめとする様々な渦モデル(それが充分に成功しているかどうかは別として)を取り上げ、建築、絵画、書などのような異なる表現じを通してそれに形を与えようとしたわけである。

だから密教思想の中に、古代的な唯物論(マテリアリズム)の一形態を見ることも、それほど突飛な思いつきではないだろう。

勿論、密教だけがこういう傾向を持っていたわけではない。

渦や乱流や星雲状の方に向かおうとする流体的な思考は「幻影のベールを引き裂き」生成の現場に踏み込もうとした多くの神秘家たちの思考に共通して見られるものだ。

太極拳がシュミレートしようとするタオの動きにも、私たちは生成にせまろうとする流体的思考の現れを見つけることができる。

こういう見方にたって見ると、神秘主義的と呼ばれる宗教思想よりも、近代的な唯物論を背景にした、かつての自然科学の方が、ずっと形而上学的なもののように思えてくる。

それは少しも、言葉のもともとの意味で、マテリアリスティックでないのだ。

近代の「唯物論的」な自然科学は、物質にかぶせられた「物という概念」のベールを引き裂いてせいせいの現場に踏み込んで行こうとするのではなく、逆にあらゆる自然現象を「物という概念」に還元することで、不断の生成、不断の運動の状態にある世界を隠蔽し、見えないようにしてしまったようなのである。

実際、近代の自然科学は流体的な発想をパラドキシカルで非科学的なものとして、そむけようとしてきた。

流体力学がそのよい例である。

水流や大気の示す複雑な動きを近代の自然科学がとりあつかえるようになったのは、そう古くからのことではない。

しかも、フランスの物理学者ベルヌーイが、流体の運動状態を数学的な形式で扱うための最初の理論を発表した時、フランスアカデミーはそれをまず冷淡極まりない反応でむかえた事が知られている。

ベルヌーイはソリッドな物体構造の力学ではなく、複雑な渦を巻きながら変化にみちた運動を行う流体を対象にして、それを一貫性のある数学的な形式で表現する流体力学というものを構想していた。

流体を数学形式で捉えるという試み自体が、当時のアカデミーの科学者には、ひどくいかがわしいものに思えたのである。

それは近代の科学が、極めてソリッドな建築思考を背景にしていたことと関係している。

そこでは、なにもない空虚な空間の中に固い実態性を備えた物質が場所を占め、その中で起こる力の相互作用にしたがって移動を行なうという物質観が、大きな力を持っていた。

均質な時間と空間、固い実態性、反復と同一性といった考え方に基づいたこういう科学には、ズレだとか予断を許さない変化などというものが大の苦手なのだ。

当然そこでは、水流や大気のような流体が示す渦、乱流、カタストロフ的な状態変化などは受け入れがたいノイズと考えられた。ようするに、近代の科学にとっての「現実」には、渦巻きも、突風も、入ってきてはならない異物だったわけだ。

近代科学の想像的空間には、風が吹く事さえ許されていなかった。



明日に続ききます。

この内容解説は、凄く重要なので融ちゃんラジオで近々取り上げます。

サポーター1さんの旦那様は、プロの声楽家でいらして、今回身体ワークで4日滞在ですが、本日第一回の講義レッスンが終わり、今回は次の身体ワークで重要な恥骨を絞めるをやりました。

今、自習で「あらえびす」に歌が鳴り響き、とても心地よくあらえびすが音楽大学の放課後のようです。

そして、女性で言えば恥骨の内側に、即ち膣の中に軸を立てて、その時には絞めた恥骨を以前身体ワークで配信しました「恥骨を下げる」動きと拮抗させるをやりました。

そうすることで、背骨を軸から解放してあげる事が可能になり、右脳が最大限働けるようになるのです。

背骨を軸と勘違いするのが左脳であります。

しかし、背骨は本来アートな発想を脳内に広げる為の、重要なハードウェアであるのです。

さて、身体ワークvol5はその手前に必要な、足先の意識を創る道の作成です。

今日中に配信されます。

そして、身体ドライブは、全て恥骨と膣内軸でこなすがvol6の内容になります。

vol5から時間を空け過ぎないが必要なので、五月中にvol6も配信致します。

録画は、今度の日曜日予定!ご期待下さいませ。

vol7は、剣を使いこの恥骨ドライブを、説明しながら分野を超えた動きの解説になりますが、この時に必要なのが今の中沢新一さんの書籍内容なのです。