あらえびすブログ

あらえびすのブログです。各プロジェクトや、日々のこと等情報発信。代表東出融の過去記事、Facebook発信のまとめもみることができます。

枠組みの団体維持が先か、個が束なった集団が先か?民が団体を作ると必ず何らかの家畜化で終わる。

地球即ち自然界も含めた世界は、縄文の縄と同じく束なり大きな結束を生み出す。

そこの中心セーター、正中心にはエアー&ウォーターが見えない軸としてある。

命の根元。

株価とはまるっきり違う、根元である。

そのうち、マネーとエアーやウォーターのバランスを生み出す株が世に人類が創造出来るか否か。

実践した実験体験からしか生み出す事は、不可能なのに大体が他人事で、自らを架けてみる気持ちがなかなか見えない。

様々な実践者は、なかなかお話会に出向くも難しい。

しかし、その慌ただしい覚命の真っ只中では、その新しいバランスの着手に取り掛かると、あれもこれもあったになる。

解りやすく言えば、メインがない。

レストランなら食のみ、お風呂屋ならばお風呂のみ、確かに食や宿を足したお風呂屋があるが、期待外れになる。

しかし誰かの家に泊めて貰うとき、そこに集う偶然の訪問者、そこに住む爺婆、ペット、残業で夜に帰る旦那さんやもう社会人になった長女な長男がやはり遅れて、場を共有する。

お風呂にしても、食事にしても、細やかな日常が結束で成り立つ。

実は当たり前だけど、そこに来た客人が後から場を共有する参加者の為に、様々な気遣いをするような、そして何か深くで繋がる魂が覚えている安堵感を抱ける場は、皆無に等しい。

即ち、小さな全体としての家族計画の実践である。

そこに野生の息遣いや水の音や雪の量、近所の息遣いや活動など、実は様々な時間軸や価値軸が違っても、場を作り出せるモノ。

しかし、体験しないと。

あらえびす皆の家では、水の作業も自然体で付き合ってくれたり、全ての作業に付き合う、又は違う作業をうみだし勝手にご飯当番になったりが、日常茶飯事で起きています。

だからお互い、腹に何かを隠した気遣いはなく、本能の気遣いにお互いが出逢う。

時には厳しく突きつけられたり、腹から解放されて笑ったりが自然に起きる。

皆、命の源であるエアー&ウォーターを母に感じて、その下に野生の神様が広がり、その下で人類がバランスを壊さないようにだけ気を使う。

即ち、お客がいない。

だから、場を一応提供している、此方も場を提供しただけで、来られた方や先住者、果ては先住命が場の空気を作り出すから、実は場を提供した我々がある意味ゲストかなと、感じてしまうのです。

特定の人ではなく、関わる全員が不思議に家族化する。

これが集団であり、縄文の縄であり、joumonbandなのです。

実践実験しなくては、手にする事が出来ない。

だから、構えた弥生人類は、これなくなるけど、必ず地球が争いのない世界にするには、きれいごとの先にある他者との家族を実践するしかない。

だから、必ず来れなくなっても、縄文人類へのワープの扉を開かずに誤魔化してしまい、しかし魂は更に求める故に更なるデカイ実験に遭遇させられる。

それを大体が、自分はついていないとか、アイツがいたからと、そこで止まる。

妻を誉めるわけではないが、僕らには夫婦が核である認識がない。

だから、意を決したサポーターさんの中から、此方のスタッフになる方とも、共に学び共に暮らすが始まる。

即ち、今のところ真の共同学舎である。

場が先の共同学舎ではなく、出来上がって来たら、これこそが共同学舎であり、縄文社会であり、人類の無惨なマネー回す為の命の取り合いではない形がみえだす。

それを株式にしようが、あらえびすのチャレンジ。

だから、株式会社 あらえびす 新縄文共同学社であると、感じています。

ウルフやファルコン、ベアー、リーフがそして始めて人類が呼応する、新しい社会を描く会社だ。

会社が完全なる全体社会でしかない。

尊敬はするけど、ちょっとやり方が、お金の使い方が違うし下手くそじゃないと感じる、播磨屋さんの会長さん、是非ともコンタクトをとってくださりませんか。

あなたの高価な世直しトレーラー二台分で、十分に新縄文のローソクに聖火を灯します。

勿論あなたが、賛同しなくても僕らはこの聖火が灯るまでの活動を、止める事はしません。

もう既に、ウルフやファルコン、樹木の協力を通して地球と共にする仕事がハッキリしていて、これを止める事は、今の地球をなくし命の連鎖を又々ここで振り出しに戻してしまうからです。

僕らは何度同じ罠に捕まり、このゲームをあがる事さえ未だに出来ていない。

いつも、引っ掛かる罠は、自分から世界を見て自分を極めようとする姿勢。

正中心の中から、闇の中に命の連鎖の可能性を見つけるが、ウルフとファルコンの眼差しです。

播磨屋さんの会長さん、貴方が見ているのは、まだまだ野生まで届いていない。

そして貴方は、それを託す時に来ている。

まるでマッサンにたくした、鰊御殿の熊さんのように。