クラスターが小さく小さく揃って、共鳴振動が起きるという事が、大きな命が響き合う事かしらん
様々な意味で、始めての仕組みを動かして、どうにかここまではこれたこの命の森と伏流水のプロジェクトでありますが、そのなかで宮嶋先生のお力を借りながら、ここまでこの活動に深い意味合いや必要性が存在していた事を、今さらながらあらためて感じています。
そのように、宮嶋先生始めアートテンテクノロジーの高橋先生など多くの方々に助けられて、僕はどうにか一歩一歩この活動に道が出来て来ました。
宮嶋先生が仰る、電位と電子の関係はまさに、連鎖調和によって存在していたからこそ、たかが直感を実践する以外取り柄のない稚拙な僕の始めたこの活動にも 、それなりの道がつき始めて来たのではないだろうか。
生きてるか死んでるかは電位の高低差である。
体でいえば、我々が自分の体に住む微生物に、電位を提供するから生命エネルギーが高まり、電子が動くという事。
即ち、電子が動くから、エネルギーが動くのである。
それを植芝盛平翁は、水の動きのなかに 発見したのであろうか。
僕は地球と地球さんに住む全ての生き物を、ただただ元気にしたい。
だから、電位が高くて電子が動き回っている、生き生きとして生きているお水を、届けたい。
生き生きと咲いているお花を活きが良いうちに届けるように。
活きが良いお魚を届けるように。
最近、ボンゴレスパゲッティや貝の味噌汁を創りたくても、本当に生きていたんだと感じれる貝類さんにさえ、なかなかあえない。
僕が幼少の頃に飲んだあの蜆汁は、もうどこにもない。
死ぬ前に飲んでみたい。
けれどもそれはお山を元気にする所からしか、行き着けない、
何せ命の源である森が電位が低いのですから、
先ずはお山さんに元気を取り戻して貰う。
それが水の味に出る。
簡単なのは、お入らずの森を維持する事。
けれども人は、ドンドン踏み込む。
これを否定すると、人間が森を元気にしようとする雛形作りに敵をつくってしまい、結果森に生命エネルギーを戻せない。
その為には様々な装置がどうしても必要になる。
スキーに来るうちに、お山の凄さに気付き、そして自ら入って良い場所、踏み込んではならない場所の直感を取り戻したい。
神隠し的な新しい神話が欲しい。
そしてスキーに来て変えるのではなく、お山丸ごと全体といつも付き合うから、冬にはスキーをさせて頂けるような、そんなことに言葉ではなく参加するうちに気付いたらなってしまうそんな装置です。
あまりにも遠くても実は近いような、森とその間に暮らす人間の生き方の結果の海の状況をつぶさに感じ取れてしまう仕組みです。
奇跡のリンゴの木村さんや自然農の福岡さんが感じれたのは、宮嶋先生が仰るようにエネルギー値の高い土地にいたからこそであります。
だから正常なエネルギー値の高い場を、体で知りその気持ちよさを取り戻す為に、そこに何時でも訪れる事が出来るシステムです。
僕はそれを水で出来ないかと、チャレンジし始めた。
僕がこのエネルギー値の高いさんが水を体に取り込んで、ここへ戻るとホッとして安らぐのは、水を通して共鳴しあっているからではないか。
人同士ではうまがあうと言うけてども、土地とは水が合うと言う。
だから先ずはエネルギー値の高い水を取り込んで、水の出場所への帰省本能を取り戻し、自分の住む側でそれを発掘して育てる、
これが行き着いた雛形の仕組みのベースです。
そうすれば、必ず自然界はもう一度、電位を取り戻し始める、
そう信じているのです。
陰とは北面でのエネルギー、即ちハーブや山菜を育てる、
野菜は南面。
南面は、昼間に温度が上昇し、昼夜の寒暖差で作物の味がます。
だからこの辺りの南面では果樹をつくっている。
北面での特徴は成長が遅い分ミネラル分の濃度が高くて薬効が強くなる。
まさに黒伏山水である。
だから北面では人間も、慌てない修正がある。
僕はまだまだ焦って慌てているが、以前よりはずっと陰のエネルギーの地に住む住人になって来た。
これも大地のエネルギーの転写であろう。
しかし、流れはゆっくりではいけない、
熟成がゆっくりであるけれども、生きの良いモノを届けるのには、SPEEDは不可欠である。
そこいらがまだまだ、解明できない。
南面の文化は、SPEED成長即ち高度成長時代を作り、都市型文明を作ってきた。
日本なら太平洋側東海道の時代。
しかしこれからは、スローフードに代表されるような、そんな生きたであり、日本海側北への道である。
スローフードと言えばイタリアン、
スパゲッティを茹でるのにもフライパンで混ぜ合わせるのにもSPEEDは不可欠。
けれども、仕込みは熟成のモノが殆どだ、
ファーストフードとは、根本が違うが、ファーストフード事態が、陽の文化のゴールの形なのであろう。
ベース作りにはたっぷりと時間を与えるが、料理には、それほど時間を割かない。
日本の食卓も、納豆やら、漬け物、味噌など仕込みには時間がいるが、作り始めて食卓にのるのはあっという間、
この辺に、この陰への変化の時代に必要と立ち上げたこの活動の、SPEEDのあげ方が示されているのでしょう。
そう言えばここまで、全て準備仕込みの時でもありました。
直ぐに結果を求められても無理でしたし、痺れを切らしたものは去りました、
そして、去年の秋辺りから遂に歯車が動きはじめたと、実感出来ました。
都市型の構築方法を捨てるって、体に馴染んでしまった方法を捨て去って、新たな雛形を生み出すって言うのは、本当に持久力的な体力が試され、そして身に付かされます、
僕もここに越して五年、やっと陰のエネルギー動く人に生まれ変わり始めたように、感じれます。
晴天の日は、周りの山々が全て見渡せます。
そして昨日は写真好きの夫婦も撮影に要らしていた、お入らずの森を作る人を寄せ付けない黒伏山は、素晴らしく美しかった、
尊敬し、敬愛する宮嶋さんのご本は遂に電磁波と自然の関係に移行します。
明日の宮嶋さんの思考と僕とお山とのコラボにどんな気付きが生まれるか、とっても楽しみです。
そしてまたお陰さまで、先に道が生まれ始めて来るのです、
感謝ですね。