あらえびすブログ

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どうしても出来るだけ皆様にエネルギー値の高い黒伏山のお水を少しでも届けたくスノーシューで

どうしても、入山困難なこの時期も、せめて黒伏山のお水とのブレンド水を皆様の体に、脳に届けたくスノーモービルが危険すぎたので、スノーシュー(西洋カンジキ)はいて、夏場ケイトラでは25分の林道を歩いて、運搬橇を体にくくりつけて汲み上げ用のタンク四個だけは、二日に一度汲みに入ります。

まだまだ雪上車を買える身分出はないので、ここでも張れるものは体です。

イヌタチのハーネスが小さいので、今注文中ですから、イヌゾリで冬の水源地には一月の下旬入れるか否かです。

いよいよワーキング犬アラスカンマラミュートの血を思い出させる時です。

それは自分にも言えます。

冬のアウトドアーではなく、昔で言えば家族の生活のために冬山にも狩りをしに入ったように、今では命が響き会う新しい社会の実現の為に、僕は能書きよりもこの旨い甘い水が何故当たり前に飲めないのと、皆が不思議にモット素直に感じて、この社会の変さ加減に素朴に気づいて貰いたいという野生の部類の仕事として、僕の魂の血を自分に思い出させる必要があるからです。

だから、ワイルドワークのスノーシューです。

片道二メートルの深雪の道を、一時間半片道かけて、汲みに行きます。

アラスカンマラミュートの新しいハーネスが届いても、彼等がワークの為に引っ張り上がるかは、彼等次第です。

その前に、アラスカンマラミュート三匹にも、お父さんの後姿を見せなくてはなりません。

そして一番、実は僕の今では霞みがかっている野生の本能に、見せているのかもしれません。

それぐらい、この売らない水からのイノベーションは登りのきつい山で、登っては谷に落とされという、繰り返しでしか今の時代無血解除の革命は起こせないから、言い出しっぺの自分が最後まで真剣に取り組み続けるしかないと、感じています。

机上から又はスーツ着て又は戦闘服に身を包んで、改革を実行出来る、又はする時代は終わったし、芸術の傘の中で訴えることも、小説や映画に託すのにも余りに時間がない。

直接の生きる新しい仕組み作りに取り組み、チャレンジし続けるしかない。

昨日恥を忍んで、皆様にポケットマネーのご協力依頼をさせて頂きました。

そして出来ればかっこ良くさらっと新しい争う必要がない、生きる場の作成をやってしまいたいのですが、残念ながら最後までそれは僕に与えられたシナリオにはないと判断しての、訴えでした。


早速サポーターさん一名から前払い、一名から賛助金の振り込みをしましたとのメールとお電話を頂き、感動で言葉を失ってしまうような状況でした。

ここまでズット、イノベーションを理解して頂き協力を煽るのに、幾つも幾つも空振りばかりで、僕もガッカリしたり孤独感を感じたりした時期も沢山ありましたが、大きな力を持っていらっしゃる人ほど、シガラミや立場もきっと更に大きく、そうそうこのイノベーションに参加するのは、心の何処かに本当は参加しなくてはと思いつつも出来ないモノなんだと沢山の学びを頂けました。

だから、結局一人の個のハートに、届く生き方を実践して、届けてみるしかない。

それを水に載せてお届けできるものならしたいと。

アートテンの高橋先生との出逢いは、僕でも水にお山にコンタクトして、このお山が作り出すお水にお願いして賛同される人にお届けしているいうちに、きっと奇跡が起きるのかも知れないとの実感を持たせて頂けました。

それが400のサポーターさんであり、昨日のように直ぐに対応してくださる動きが、先ずはあったことにも、奇跡を感じています。

人は絶対に野生をもう一度取り戻すことで必ず進化できるし、それを今の世界に新しい野生としての形を見いだせた時、そこに必ず闘ったり、搾取したり、利用したり、オダテタリ、表面を繕う前人類的な生きるための処世術を必要としなくなるのだと思っています。

自然の大きな畏怖の念なら、人は膝まずき又前を向いて歩き始めれる。

けれども、それが一部の人の大きな利益の為に起きていることには、必ずアンコールワットの矛盾を繋いだポル・ポト派のような殺戮が繰り返される。

だから、靖国参拝ひとつとっても、難しい。

宗教が戦争と関わり続ける理由は、まさにそこであると僕は思っている。

それは野生の上に勘違いして君臨した人類が、もう一度野生こそが熊こそが王であるというような、中沢新一さんのカイエソバージュの《熊から王へ》の反省から始めるしかない。

僕にとっては、お山が王である。

そこに流れる伏流水を人類が、新野生人類(これが新しい蝦夷として荒戎を新夷にして、アラエビスと読んでいただいている、所以である)に進化するために、配ることだけしかゆるされていない。

そのようにいつも、お山では山神様に見られている気がする。

僕がそのために全国の水源地を拓くことは、許されているけれども、それをなし得れて君臨したり、私欲に走ったときに天罰は半端でないほど僕に下るであろうから、残念ながら永遠に野生の世界からは勲章は頂けない。

だからこの活動が無事、新しい市場のシステム(GDPではなく、お山が繁盛するからの世界も繁盛するという、新アニミズム文化)を生み出し、世界中に波及しても、僕はこの改築に改築を重ねた、築百年の家で暮らし(勿論他の水源地を開くのであっちこっちに行くので、もしかしたらトレラーハウス暮らしが一生かもしれませんが)せめて三千人までは、生涯ただの水汲み親父でいたい

できる限り人力で、できる限り神様が創ったワークの為に生み出した動物で、最低のギアのみで
野生の力にひれ伏す男として、生き続けたい。

その時も変わらず、僕はスノーシューで体に橇をくくりつけて、お山に入りたい。

飲まなくては進化しないこの伏流水を、このような水源地から遠くに暮らさざるおえない人々の為に、汲むような新しい作業は地元のお仕事に渡してその方が、スノーシューで水を汲みに行く僕の横を水源地に向かって雪上車で追い抜いて行っても、僕はこの体を張ったエネルギーが、水に情報を与え海の生物にさえも届けることが出来ると信じているのです。

まだまだ昨日のblogでコンタクトをとって、意思表示をして頂けたサポーターさんは二名ですが、僕は僕のこの想いは必ず皆様に届き、このひとつの大きな山を越えさせて頂いて、ミルミル結果を見せれる三千人サポーターに必ず今年辿り着けるものとの想いを山の力に託して、御所山には車で汲み上げに、黒伏山にはスノーシューの徒歩で汲み上げに体を張ってみます。

それが僕の祈りのスタイルそのものになるので、最近は儀式のみの参拝はあまりしている暇がなくなってしまいました。

そして、ここでサポーターさんと創れた絆こそが、大きな螺旋のトルネードの力になって、本気のボトムアップのラブイノベーションが実現できると信じていますし、その声がサポーターさんに届かなかったとしたら、それは僕の力不足そのものを山神様に見せつけられたのだと、受け入れるだけです。

そして、その時も僕に出来るのは更に体を張る所から生まれる労働という、祈りだけです。

僕には、瞑想して宇宙と繋がる力も、多くの民を引き付けるEXILEのようなカリスマ性も、財力も、実は体力もありませんが、気持ちを労働に託していく能力だけは、授けられていると思うのです。

だから昨日のblogで皆様に協力を依頼した以上、その行為に見あう自分になるために、スノーシューを使って歩いてでも、ブレンド伏流水を届けると決めたのです。

昨日書き終わる前までは、スノーシュースノーモービルでの黒伏山お入らずの森の入山は、アートテン化された冬場の水源地での一ヶ月二度ほどの調査でした。

けれども今月越えれるか?春まで持つか?の結果は別として、人に協力以来をした以上今お返しできるのは、冬場でも黒伏山の伏流水をブレンドと言う状況でもお届けすることだよねと、お山と約束したのです。

是非とも冬場のブレンド水を飲まれたときに、少しでもお山を感じてください。

きっと更に、この生きた水はエネルギーを高め、あなたの体を進化させてくれると信じています。


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