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あらえびすブログ

あらえびすのブログです。各プロジェクトや、日々のこと等情報発信。代表東出融の過去記事、Facebook発信のまとめもみることができます。

今日は仙台、明日は那須、明々後日は東京で講演会。又々出張。中二日明けで四日市、名古屋、京都、大阪

今日も敬愛する大先輩のblogから、転載致します。

森を自然界を地球を愛するならば、人類における自然を即ち自律神経と繋がる潜在意識を守り発達させて、我々も地球と呼応して生きれる進化した人類になりたかったら、まさしく正念場です。

この方と僕は知り合っていなければ、この活動に人生を捧げてなかった。

その方は、本当に未来を憂いていらっしゃる。

そうして、僕もこの道を進んで良いのだと、突き進めたのです。

そして今、地球上が大きく、全て家畜化で管理された世界観から、依存から抜け出ようと庶民が様々な分野から立ち上がり始めた。


「何が問題なのか? つづき」

 

この間、畜産が工業化した。狭い鶏舎や豚舎や牛舎に家畜を閉じ込め、抗生物質入りの飼料をふんだんに与え、肉の量産化が図られた。そうした工業製品のような肉がアメリカで作られ、ハンバーガーやフライドチキンとして、世界中の子供達や大人たち達に供給された。ヨーロッパや日本の畜産は、アメリカほどにはひどくない。が、日本でもアメリカ製やそれを真似た家畜用飼料が広く出回っている。

水の場合は、「量産化」という点で、日本は完全にアメリカに倣った。汚染が続く河川から取水し、薬剤を使って汚れを凝縮し沈殿させる。その上澄み水に塩素を加え、殺菌水を量産し水道管を通して全世帯に配給する。それを、日本では、今でも「行政」が続けている。が、アメリカは「もう」止めた。アメリカでは、「水道の民営化」を大型容器による水宅配業という形で推進し、もう既に四半世紀も前から、8〜9割の人々がその「水」を「料理水」として利用している。

なぜ?アメリカは「水道の民営化」を成し遂げたのか?そこには「枚挙にいとまがない」理由がある。が、もう既にその点は繰り返し書き記しているので、割愛する。ここでは、「あのアメリカですら止めた方式」を、世界で唯一日本だけが続けている事実を記すにとどめる。

食品を量産化するためにアメリカ人が取る手法には、共通した「怖さ」がある。「薬剤」をふんだんに使い、「微生物」をすべて敵と見做し抹殺する。それは、私たちの体内で、私たちの健康に大きな役割を果たしている「体内常在菌」にもダメージを与える。それが、私たちの抵抗力や自然治癒力にも影響を与えることは、容易に想像がつくことだが、アメリカ人の頭は、そんなことには頓着しない。アメリカ人は「カネ」になることなら、「些細な(=本当は本質的な)こと」には無頓着を決め込むことができる。だが、そのアメリカが「殺菌水の配給」はやめた。それは、「水道の民営化」以外には、コスト削減も含めた「抜本的な問題解消策がない!」という結論に至ったからだ。

私には、それらの「理由」に無頓着でいられる日本人の思考回路が理解できない!

全ては、つながっている。だから、「自分(たち)だけ良い」というシチュエーションを思い描いても、現実がそのように動くことは「決して」ない!それにも関わらず、私たちの社会は「無い物」を「ある」ように見せかけるために、メディアの宣伝力を金で買ってきた。我が業界も然りだ。だが、それぞれの胴元が「判で押したよう」に同じことを考えるため、売れても売れても回収できないほどのお金を広告に費やしてしまうこととなる。そこで、どの事業をとっても、支出ばかりが多く、収入がいつまで経っても追いつかない。これが「競争力」ばかりを競う経済の「大きな大きな落とし穴」だ。

殊に我が業界のように、バブル崩壊後に登場をした業界の実状はひどい。アクアクララジャパンが登場した2000年以降、このビジネスは、収支が合わないものとしてデザインされた。胴元が、消費者の利益を謳い、その消費者サービスのほとんどすべてを代理店に背負わせたからだ。そこで、このビジネスは、顧客獲得数を積み上げても積み上げても代理店の支出は止まらないものとなった。必然的に、代理店はやせ細り、事業を断念せざるを得ないところに追いつめられる。そうして、新たな代理店の成り手が居なくなると、この事業はグラフの通りの曲線を描くこととなる。

 

結局、供給する側の「想像力・創造力」の有無こそが問題なのに、その点に気付く人が現れない。「自分たちが供給する量を、需要と一致させる」ことを新規参入者に説くのだが、その点がまったく理解されない。投下資本はできるかぎり抑制して始めるしか方策はない!なぜなら、この「有り余るモノが溢れる」社会で、自分たちが供給するものの「需要」は、出発点に於いては「0」に等しいからだ。

「自分たちが供給する量を、需要と一致させる」。「その需要は出発点においては0に等しい」。これが、公式だ。ならば、この期間を「どうやって、切り抜けて行くか?」を計算に入れて始めなくては、事業は100%頓挫する。だが、その点を考慮せずに始めてしまう人が後を絶たない。