あらえびすブログ

あらえびすのブログです。各プロジェクトや、日々のこと等情報発信。代表東出融の過去記事、Facebook発信のまとめもみることができます。

第二回ネット有料化ワーク配信及びDVD発売開始しました。

体から変えて、そこから武術的力学ならば核変伝導力を知って、即ち全体を感じる脳から、様々な新しい経済から福祉、環境までを、庶民が主体でアソビ感覚で祭り感覚で創作するコンシェルジェ事業がアラエビスですが、その核は人類の新しい身体からの世界の捉え方です。

その今の思考優先を武術力学ならは、「逐帯伝導力」ですが、ドミノ倒し的な構造での、思考によって世界に作り出されている社会構造です。

その先にあるのは、「固態整体伝導力」でオンオフだけでの最小限のタイムラグでの力学ですが、此れは親に言われたような「駄目なモノは駄目」です。

力的には、一変に剛体に変化出来る為の仕組みを学ぶですが、「恥骨」の認識が凄く重要であります。

此れで社会を創る為のエクササイズは、僕やstaffや皆様の小さなアイディアを、即座に実現していく小さな起業実験や、様々な自然界相手の生活で、その固態整体伝導力から生まれる思考所作で実験しています。

そんな意味では、一番高度な「趣味」として、「固態整体伝導力」を試しているのです。

この、「固態整体伝導力」の手始めが今回の重要な内容です。

小さな例なら、恥骨で床を蹴る時には自然に上に伸びるがほぼ同時に成り立つ。

即ち今の公共事業やら企業のように、予定調和で企画、予算、仕事振り分け、箱作り、営業、利益、還元ではなく(此れこそが逐帯伝導)起承転結から起結へのチャレンジになるのです。

しかし、ワークのゴールは「核変伝導力」での業務チャレンジですから、内部の中心部から即ち細胞1つが変化したら全てが変化してしまうです。

武術やスポーツ、振付を越えた踊りには、レベルが上がるとそれが露ますが、何故こうなったかかがわからないでなしえたです。

これを当たり前に出来る人類が、創る社会システムの創作です。

即ち意図的に火事場のバカ力が、なしえる感覚と、なしえたモノを認識してみる趣味アソビが、気付いたら世界から無駄な戦争や環境破壊やヤラセ企画形態が人類しゃかいから消えていたです。

その時には、比べる分断思考は旧態依然になりますから、予定調和は存在しなくなりますが、ゼロにはなりません。

意識してつくる意念的な世界は、脳レベルの3%から7%になるのですが、即ち本当の勝ち組というイルミナテイーさんは、何故地球上の3%ぐらいかもわかり出しますし、だからこんな進歩しない庶民になっているもわかり出すのです。

ならば、無意識が即ち95%を司る、無意識の使い方がわかれば、支配構造はなくなるけれども、イルミナテイーさんも生きれるわけで存在したままで、戦わないでというか、庶民もイルミナテイーさんも何故世界人類構造が変したかもわからずに受け入れなくてはならなくなります。

植芝盛平翁と受けの間に起きた、あの八百長にみえる現実が本当に社会に起きるのです。

そして我=細胞になり、だから我=宇宙の中心になるのです。

中学の頃に知った、「植芝盛平翁」の我即宇宙の中心という、言葉の意味を追求して追求して、約40年して理解できるようになったのですから、シツコサと運か良かっただけでしかないわけが、正直な感想です。


ただしね、今の社会の闇がわかり、闇打破の策もわかりましたし、その為の行動もしていますが、持ち時間即ちオセロ反転出来る為の仕掛けづくりまでは、多分5年しかないからペイフォアードしてしまう核を、的の中心部を知るために日夜更に自分の中心=細胞の中心=地球の中心=宇宙の中心を見極め続けているのです。

皆様が、僕の「声」を誉めて下さいますが、中心部に誘われれは誘われる程に中心部からの声になり、言う言葉の内容ではなく、中心部の声から発した声は自ずと「言霊」になり、中心部からの行動は、地球の中心から地球上にペイフォアードが起き、宇宙の中心から宇宙上にペイフォアードが起きるとわかり出して確信までには、道を歩いて来たようです。

北野武さんの「新しい道徳」に書かれていたこの部分が、今の僕の心境でもあるので、最後の章から抜粋致します。

僕にとっての道徳=ルールは、宇宙や地球の中心部と同じ自分で生きるであり、その回答は細胞が知っているです。


ここから抜粋

道徳なんてものは人によって立場によって、いろいろあるわけだ。
大事なのは、どんな道徳であっても、自分の決めた道徳はきっちり守ることだと僕は思う。
この本は、道徳についての本だから、道徳って言葉を使うけど、それはルールて言っても規則と言ってもなんでもいい。
とにかく、自分なりの決め事を作って、それを守る事だ。
他人の作った道徳が、すとんと自分の胸に落ちるならそれを守ればいい。
けれど、そうじゃないなら、守る事が出きるかどうかわからない道徳を抱えて生きるよりも、自分なりに筋の通った道徳を作って、それをきっちり守った方がいい。
世界規模の食糧危機が起きると予測する学者もいる。
人間を作る材料は、無尽蔵にあるわけじゃない。
地球上の有機物の量は決まっているから、一定以上の人口は増えないという話を聞いた事がある。
ということは、食糧が決定的に不足する未来が必ず来るという事だ。
最近は温暖化どころか、近い将来、氷河期になるという説もある。
本物の食糧危機がやって来た時、それを人類の叡智とやらで乗り越えれるか、それとも世界中で紛争だの戦争だのが起きて、世界がぐちゃぐちゃになってしまうのか。
今はその正念場にあるんじゃないか。
俺達が残した荷物を背負うのは子供だ。
酷い目にあうのは、子供の子供位の世代かも知れない(多分今の十歳以下は)けれど、とにかくそろそろ準備をしておかないと駄目だろう。
此れから先は、個人レベルの道徳なんかより、人間全体の「道徳」の方がずっと大切になる。
この先、人間はどうすればよいかを、子供たちがしっかり考えられるように、なんでも本当の事を教えておくのが、大人の役割なのだ。
それこそが今という時代に必要な、本当の道徳的教育だと思う。



東出的には、それをドンドン実験して、子供たちに見せながら、出来れば子供たちにも実験に関わってもらい、身体から創りだされる智を人類創造実験学校として、新しい社会の仕組みを実験実践する場の創出が、五年以内には必ず造る事が今の道徳であり、今の大人か大人の役割を担った今の大人の為の道徳づくりではないだろうか。

そこまでやれば、彼らは生きて行けるから。

だから、今の時代を生きる大人こそが、進化した身体の、兆しを自らがつかまにゃならならいのではないでしょか。

もう年だからなんて、進化を諦めたら、子供の未来が失われる可能性が充分に予測されるのだから。