あらえびすブログ

あらえびすのブログです。各プロジェクトや、日々のこと等情報発信。代表東出融の過去記事、Facebook発信のまとめもみることができます。

お早うございます。此れからは神戸の身体ワークにむかいます。

体の使い方が、そのままベースになって外の世界をつくっています。

よって、体と言うツールを修正sぃて、外の世界を=社会 を変革させるかになります。

今日は、これに音楽が、ピアノの生での演奏がプラスされますから、相当大きな感覚を捉えて頂ける事でしょう。

ピアノの右手と左手これは、常に意識の長さのベクトルを揃えなければ、上手に難しい音楽を弾くことは難しいのですが、バレエは勿論、全ての動きが求める本質はそれです。

そして、それが野生種ほど、視覚聴覚嗅覚等の感覚器官と手や足の、意識のベクトルを揃える事が出来るのです。

それを、芸術人類学なる新しいツールを使って、人類に野生の思考である、対象性の思考を取り戻すことで、変革を試みているのが中沢新一さんでしょう。

芸術人類学という本の冒頭に坂本龍一さんとのQ&Aの中にある、ラスコーの洞窟内の壁画の書き方は、まさに僕らホモサピエンスサピエンスが、旧跡人類から進化したときに突然脳内で起きた進化の現象としての対象性思考を、そこに見いだしています。

真っ暗闇で、何故ゆえに壁画をあれだけ縮小からきちんと統一して描けたのか?

この問いは身近なところでは、福笑いをいつもピッタリと定位置に、目や耳や鼻や口を配置できるのかと同じで。きっとそれ以上ですから喜怒哀楽全ての顔を目隠しで配置できるほどの対象性思考から、我々は出発したという事実です。

当然感覚器官や手足の意識のベクトルが、ズレるなんて事は無いのでしょうね。

人類が始めて、ウルフなみの対象性思考を、持ったという事実。

それも全ての命の連鎖調和を結びつけて、全体として始めから物事を捉えられる思考が、備わったという事実。

それをアートと呼んでいるのです。

分断思考では、全体を捉えることが出来ません。

陰謀もスピリチュアルも勿論今の社会の殆どが、分断思考から始まっているのですから、僕らは新石器時代から後退していると、僕は捉えているのです。

特に男性がそれを助長させています。

女性は陰陽などの相反するモノを比べることなく、捉えられる能力が始めから備わっています。

しかし、男性性は、分断思考から全体を知りたがるゆえに、家庭でも様々が面倒な言い争い状態になっているのですね。

それを身体で捉えることが出来るのが、全ての感覚器官のベクトルを、対象性で使う事に繋がって行くのです。

僕が今日はフェイスブックでシェアした、ライオンのメスが草食動物の子供を守る映像は、単に腹へっていないライオンだったとかではなくて、対象性の思考が幼子相手には全ての命から引き出されると言う事実の現れです。

道徳の授業のように、言葉面で言う弱いものを守るという観念ではなくて、体の意識のベクトルが揃ってしまうと、イルミナテイさえも命を一番に捉えれる人類に急激に復活してくる可能性があると言う事に、僕はかけて行きたいのです。

ただそれだけ。

だからこそ、神話よりも神話的な、お伽噺よりもお伽噺的な方法で、世界を少しでも変えてみたいと、アラエビスの活動は子供の絵空事のような非論理的で、幼稚で、出逢ったものたちとやっていくうちに進むものは進み、消え行くプランは消えていくとのカミハカライのみで、活動を進めているのです。

そこには論理的なもの、科学的なものでは説明出来ない、ヒックス粒子やSTAP細胞的な力がないと、地球さえも球体にはならなかったのですから、僕らの世界でワカルモノ等と、おごり高ぶっている思想が、実はくっ付けている非物質こそを感じなくさせているのです。

まさに非対象性の思考です。

自然界の恩恵で暮らせたのは、対象性の思考があったから。

ならば、先ずは陰謀や飛びすぎたスピリチュアルではなくて、我々庶民が対象性の思考を取り戻して実践するべきで、イルミナテイなんかを知ることは必要でもそれによる弊害を打ち破るには、非対象性思考の実践こそが重要であり、だからこそ戦う必要性がない変革を起こせると僕は信じているのです。

それは後付けの大人の思考ではなくて、赤子の思考こそが唯一時代を変えて、やっと対象性の思考を有する、ホモサピエンスサピエンスが活躍できる、緑の美しき星という場を描きだし始めれる
と信じているのです。

物事は正三角形から全てを思考し直しましょう。

三つの違いを同じベクトルから捉えていく。

違いを先に探して点を理解するのではなく、繋いでくれる非物質を、捉えていく。

それは縁でもあるし、結いでもあるでしょう。

それを最終的に0から9までの即ち、点である?から?が揃うときには、ZERO化するという数字の法則に身を委ねてしまう。

正三角形が三個集まって、ゼロ底辺で繋ぐ、コレが正四面体という、身体的な感覚です。

そのようにして、様々な今の世界を見直すと、ある現象とある現象を結いさせる、縁を取り戻すことは一切情報として出てきてはいない。

ある現象とある現象の相違点のみを取り出しているだけ。

その情報や思考が、一番身体を歪ませているのですよ。

さあ!こんな馬鹿な僕を信じれる方のみで結構ですから、自分の感覚器官の意識のベクトルを揃える訓練への道を、共に歩いて行きましょう。

何処にいても、離れていても、田舎でも都市部でも、対象性の思考は実践出来ます。

旧石器から新石器のスタートラインに、戻りたいと真に求められ方は、是非ともアラエビスの様々な活動のサポーターになって下さいませ。

皆の全体脳で仕上げていく、活動です。