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あらえびすブログ

あらえびすのブログです。各プロジェクトや、日々のこと等情報発信。代表東出融の過去記事、Facebook発信のまとめもみることができます。

覚醒と言う言葉の怖さ。都会での覚醒は地から離れた空想の魔が入り込む。故に野生との境界線に身をおく

様々な場で、見えない何かに繋がりだした方々が、増殖している。

これは、素晴らしい事ですが、本当に気を付けないと、魔にやられる。

つまり、芸術に完成がないように、覚醒にも完成はない。

だからアバンギャルドを生きるか、モダニズムを生きるかだけ。

僕は、媚びたモダニズムは意味がない。

だから常にアバンギャルド、即ち前衛にこだわる。

理解されたら、もう前衛ではない。

しかしアバンギャルドなくして、今日のモダニズム、即ち最先端でありながら気持ち良いは生まれない。

モダニズムは受け身でしかない。

アバンギャルドを生きたなら、パイオニアだから孤独は当たり前。

救いはある。

絵画で言えばゴッホなど、生きてるうちは理解されない。

さしかし今は、時が多角的に早い。

ただからさっさとアバンギャルドを生きて創作したら、それがモダニズムになる恩恵受けて、その恩恵で更なるアバンギャルドに進む。

アラエビスの活動は、アバンギャルドアートだ。

前衛芸術が汲む水や挑む無料の福祉など、今から期待はされても、想像させれたら、アバンギャルドイオニアではない。

だから、スピリチュアルても、アバンギャルドならば理解されようと、モガクは意味はない。

ましてやスピリチュアルモダニズムを生きてる方を相手に、蹴散らしても何も意味をなさない。

自らが、前衛への道を歩んだのだから、そこにはカリスマになるなど、存在しない。

カリスマは、前衛を生きながら自らの成長に封印して、モダニズムに居続けるをよしとした腹黒さが、そこには伺えてしまう。

つまり受け狙い、

生き方は、アバンギャルドアーティストに学ぶ必要がある。

岡本太郎の宇宙 対極と爆発が、僕らには今同時に太郎が生きて僕らと対話を可能にする、素晴らしいアニミズムアートスピリチュアルだ。

三月から来る円姫、読んでおいてや。

あ今は毎日、その勉強会をしているぜ。