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あらえびすブログ

あらえびすのブログです。各プロジェクトや、日々のこと等情報発信。代表東出融の過去記事、Facebook発信のまとめもみることができます。

大量製産、大量消費との決別

森と水源地の縄文トラスト 響命美緑

今の都市部の生き方、仕事の在り方で、命を繋ぐ事は大変難しくなっている。

毎日、遅くまで残業して、夕飯は十時過ぎに、ヤットありつく。

更に遅いときは、会社で、添加物まみれの食品を買い込み、カッコムしかない。

まだまだ都市部のOLをやめれずにいる(なかなか後任がいなく、辞めさせて貰えない)僕の妻も、毎日家にたどり着くのが、十時過ぎだ。

都市部にこの活動を広めて、どうにか東京でも大量製産、大量消費が、生み出す命を削る生き方からの脱却を、目指している。

都市部に出張しても、目につくのは、夜の十一時に夫婦で保育園に子供を迎えに行き、ベビーカーを押す帰宅の景色である。

キット三歳の子供と、仕事に追われへとへとの夫婦は、急いでお風呂に入り、寝るだけに変えるのだろう。

これでは、命も絆も日本に育つのは、大変に難しい。

そして、田舎の繁華街駅前周辺でもこのようなライフスタイルが、都市部の生活に追い付いて来たと、言わんばかりの勘違いが、逆に横行している。

僕らは、このマネー資本主義ゆえの、忙しさから人間を解放できる可能性を、世に提示したい。

なぜ忙しいか?

答えは簡単である。

エネルギーから、食、全てがマネーの管理下によって、操作されているから。

ならば、里山資本主義が目指す、そこにお金がかからない、若しくは半額になようなシステムを導入出来れば、格段に生活と心にゆとりが生まれる。

半代行「志民農園」も導入していくのですが、市場にのせないので美味しく健康なものが安価で、食卓に並ぶ。

都市部の家でも水源地から出る、捨てられている杉の材でのCLT材で安価な家を持て、これが飲んでいる同じ水が育てたという実感は、不思議な位に僕らの根っこが喜ぶ。

水源地には、シェアしあっているセカンドハウスがあって、この根っこが精神の回帰の場として、里山をリニューアルする。

そのような生きる基本を、教えたくて仕方がない、賢者は田舎には山ほどいる。



身体のワークで呼ばれた、ヨーロッパでは、早くから様々な面で、命の回復を目指してきた。

僕は此れを目の当たりに見てきた。

ヤーブ農場や、シュタイナー農場にも行った。

今では、食糧自給率は200%前後を各国が維持し、エネルギーも森林を多く有する国々は、バイオマス等で多くのエネルギーを自給している。


僕もこの地域から、新たな里山資本主義に似合った、作業服を母体に新たなアパレルも展開していく事が、《森と水源地の縄文トラスト あらえびす》の事業計画に当所から載せていた。

藻谷さんが、《里山資本主義》の本の中で取り上げている、オーストリアの村では、このかっこいい作業着が既に着目されていた。

又、杉の処分にと僕らも考えていた、安価で強靭な修正材による、新しいペレットロケットストーブ付きの、都市部の木材住居供給も、イタリアでは既に震災以来、木材修正材での九階だてのビル建設にものりだし、耐震はコンクリート鉄筋よりも、ズーット強いことが証明されている。

此れを日本でも目指そうと、中国山地の建材業の会社が、既に国交省を納得させて、CLT
木材でのビル建設に向けての、法改正も進み始めているようだ。

この組合本部の、築百年のボロ納屋も、地元の方から材を無償提供され、改築をほぼ自分でやったのですが、このとき程雪の重さに耐えてきた、栗材等の強靭さを改めて僕は感じた。

そして、その作業がとにかく楽しいのです。

だから捨て去られている、杉の材でCLT材を作り、家族で都市部でも組み立て可能なキットを、五百万位で供給しようと考えていた。

家を自分で建てると、自分で補修も出来、なおかつ家族の絆は本物になる。


一年間、ホールモン流儀で製品化出来ないで捨てられる果実でのジャムを作り、伏流水の会員には、細やかで一瓶ではあるけれども、贈り物として作成に取り組んだのも、来年納屋カフェをオープンするときの目玉の一つと考えてのことです。

去年暮れは、まだまだ会員数も少なかったので、そこで出すパンも贈り物にしました。

パンはせいぜい三種まで。

ジビエの薫製とお客様が畑で自ら野菜を収穫して頂いて、サンドイッチを提供。

お好きなジャムを載せての、美味しいフルーツのジャムサンドも提供。

そして、伏流水の野菜スープや、玄米リゾット、そしてホールモン流儀での果実と野菜でつくるパスタソース、そして伏流水で仕上げる生パスタ。

お客様がワークで取り組んだ、建築作品には、千円で泊まれる。

そこには絶品の、伏流水の露天風呂が。

この体験が、キット新たな都市部でも可能な、里山資本主義を、構築していくきっかけに育っていくと、僕は確信している。

藻谷さんのご本《里山資本主義》の中から、とっても重要な百姓のことが載っていたので、ここでご紹介したい。

僕も初めに創ったキャッチコピーがこれでした。

《百姓は百種の仕事が出来た。今必要なのは、新しい百のアイテムを螺旋で繋げて稼動する事。そう!専門職はマネー資本主義を生きる時だけで良い。新百勝(百個も勝ってしまうほどに楽しい)は下手くそでも、誰も文句を言わないのだから、素人道を堂々と楽しんでしまおう。そこにきっと新しい形式の生き方を有する出入り自由なコミューンが生まれるだろう。これがあるだけで、マネー資本主義の世界でも生きなくてはならない僕らは、相当に生きることが楽しくなる事は、間違いない。気楽に踏み出してみよう、新百勝道への一歩を!イノーベーションは、楽しくないと、気持ちよくないと必ずメジャーには、育たない。力みは全く要らない。》


これを、藻谷さんは、このように言い表しておりました。

里山資本主義の実践者は、ドン・キホーテのように挑む。

薪も切れば田畑も耕す。

少々の大工仕事は自分でこなす。料理もお手の物。

観光事業のような事もすれば、通販事業者まがいの事もあり、あっちこっちとを繋ぐイベントプロデユーサーのような事もする。

場合によっては講演までして歩く。

一人多役なのだ。

どれ一つとっても、それだけを専業にする人にはかなわないかもしれない。

でも合わせ技一本でしのいでしまう。

現実社会では、下手に分業を貫徹しようとすると、各人に繁閑の差が出たり、拾い漏れが出たりする。

世界でもっとも効率がいいと言われている、日本のコンビニの店員の働き方を見るとよい。

お客に対応する傍らで、倉庫から品物を出して、商品棚を整理したり、トイレを掃除したり、ゴミ箱の中身を片付けたり。

少数のスタッフが一人多役をこなして効率をあげている。

更には彼らの多くが、学生だったり、主婦だったり劇団員だったりと、店の外にもやることを持っている。

実は里山資本主義的な一人多役の世界は、マネー資本主義の究極の産物コンビニのなかにも実現していたのである。

逆に言えば、現在の里山資本主義の実践者も、コンビニなみに悔やむ事はない。

里山資本主義の普及も、ネット初期ののような段階に達してきた。

里山資本主義を一足先に実践している人達は、本当に面白そう、満足そうなのだ。

なぜなら、実は人というものの存在の根幹に触れる問題がマネー資本主義対里山資本主義の対立軸の根底にあるからだ。

マネー資本主義に染まりきった人のなかには、自分の存在価値は稼いだ金額で決まると思い込んでいる人がいる。

そして、他人の価値までも稼ぎで判断し始める。

けれども、違う。

お金は何かを買うための手段であっても、持ち手の価値を計るものさしではない。

必要なものを買って所持金を減らしても、人の価値が下がったわけではないし、なにもせずに節約して貯め込んでも価値が上がるわけではない。

何に勝っていなくても、何を持っていなくても何とも比べることが出来ない、あなただけの価値観を持っていると、他者に認めて貰いたいのだけなのだ。

何かの理由でお金が通用しなくなっても、何かお金以外のものに守られながら、きちんと生き続ける事が出来る人間でありたかったはずなのだ。

持つべきものは、人との絆。

あなたと心で繋がった人だけ。

それは家族だけではない。

家族とは限らない。

家族がいなくても、家族に見放されても人であれば、必ず繋がれる人がいる。

そして、自然との絆。

この失った自然との絆を取り戻すこと。

自分の回りに、自分を生かしてくれるだけの自然の恵みがあるという実感を持つこと。

お金しか頼るものがないとと、不安を抱えていた人をグッと軽くしてくれる。

里山資本主義の実践は、人類が何万年も培ってきた身の回りの自然を活かす方法を、受け継ぐと言うことなのだ。

里山資本主義の向こうに広がる、実は太古からあった金銭換算出来ない世界が今だあることを知り、そこと何らかのツールで触れあい深めていく事が、金銭換算出来ない本当の自分を知り得る入り口ではないだろうか。



僕はこの本のおかげで、更に自信を持って、前に踏み出せる。

もう田舎暮らしは、悔やむ類いのものではなく、僕らのDNAをも満足させるものに、仕上がってきだしたと、僕は解釈しているのです。

補助金があって利用者が増えるのは一時的なもの。

参加することが楽しいから、面白いから、何かの満足を与えられるから、多くの人が集まる。

今は、支援してくれる様々な方々を、ジックリ感じると、皆さん関わることが楽しくて仕方がないと、僕は感じている。

イオスのM専務も言われていた、《森と水源地の縄文トラスト あらえびす》の活動は険しい山だけれども、とっても楽しそうです。今日から僕も一緒にその山を登っていこうと思いますと!

このように、32面体のM女史に、ご一緒に活動されているTさんに、R社のS社長に奥さまに、新井先生に、M編集者に、地元のYさんに、組合員に、お水のサポーター会員様全員に、書ききれない多くの人に助けられながら、ここまで登ってきました。

本当に感謝です。

そして、共にこの山に今後も登って、サポートを宜しくお願い致します。

そして、一人でも多くの方々に、《森と水源地の縄文トラスト》運動をお披露目下さいませ。

作成中のホームページには、この基地から水源地までの映像を、何れお載せ致しますが、是非とも男水《響命美緑水》にお越しください。

きっとこのような所から人力で汲み出して、届くことに感動していただけると思います。













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