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あらえびすブログ

あらえびすのブログです。各プロジェクトや、日々のこと等情報発信。代表東出融の過去記事、Facebook発信のまとめもみることができます。

新しき蝦夷 銀河縄文原人が創る 宇宙国建国までの舞

昨日は、コアなメンバーのワーク、とっても良い時間でした。

如何に普段、直線的な気づきのみで、自分の場を設定しないで生きているか、皆さん実感できた事でしょう。

それだけで、無意識が大きく変わって行きます。

意識が変わって、頭の気づきになれている我々が、幼児の頃に持っていた腸という脳で物事を考える事が、如何に阻害されてしまっているか気付くだけで、確実に自分のたち位置が崩れなくなります。

ただし、どうしてもそれでは何も変わっていないとういう、頭の解釈が情動を起こします。

相手を信じてる、自分を信じて、待ってあげれなくなる。

此れが自然界に対する、態度に現れて来てしまう。

結果一時は情動で事が穏やかに、なったと見えても、魂を売ってしまっているので、それが溜まってくると、爆発していく。

安易に、川を塞き止め、コンクリートで硬め、その下の生命の動きを停める。

見えている範囲は、場を整理してようでも、確実に中は、そこから自由になろうと、動く。

その小さなアンダーグランドが、何れ自分さえもコントロール出来ないほどの、動きをつくる。

今、自然界も、経済も、家庭も、会社も、国家間も、その積年のつけが本当の自由を求めて、動きを早めています。

絶対的な自由に向けて、夜の2500年の大掃除を始めています。

絶対的な自由は、宇宙の掟です。

昼の2500年の時代の開幕の今年は、いよいよ全てが絶対的な自由を求めて動き出しています。

宇宙の意思に僕らの日常もダイレクトに影響を受けている兆候が、日増しに明るみに出始めています。

それにのって宇宙のルールと共に変化していける自分を、創る事がワークです。

情は愛に付着したゴミです。

ではナゼそう感じるか。

実は物事は、絶対に平面上に場が繋がっていないのです。

全てが層の違う場になっているものを、どうにか偽物の平面に置き換えて、構造が作られていました。

夜の時代なので、出来るだけ平面にしていないと、躓くから。

けれども、実は層が違ったのに、強引に階層を同じように見せかけた、舗装道路になっているため、日が昇って明るくなり出すと、本当はこんなにもアップダウンが、あったものを、平面に見せかけて、デザインしただけと、化けの皮が剥がされ始めました。

その上道路の劣化が激しくて、舗装面がハゲ始めている。

それを、いかにもまだまだ大丈夫と見せかけているのが、今の様々です。

そして平面に照準を合わせていた自分という車は、サスペンションがまったいらな道路に設定したので、突然、様々なアップダウンに道を阻まれているのです。

その上視界は更に明るくなり、凹凸が見えるので、その前で車をとめて考え立ち止まってしまう。

ほとんどの方は、道が平面に近く舗装されるまで、待っている。

それよりは、心体をSUVに乗り換えてしまう必要性があるのです。

そうして、実は場とは、歪な螺旋階段が上がったり下がったりしながら、繋がっていたのだと気づき、心体を乗り換える時期に差し掛かっているのです。

そこでの、パートナーとは、ただ平面をてを繋いで歩いていたり、寄り添いながら歩いている、カップルでは、歩けなくなる。

その結果、心体を乗り換えていないので、道路のせいにしたり、お互いのせいにしたりしてしまっている。

此れからのパートナーは、螺旋で相手が右なら自分は左と、相手が上の階層の時は、自分は下の階層と手を繋ぎながら、自立しあって歩けるDNAのような、動きながら位置関係を千差万別に変えながらも補足しあえる、パートナーシップが求められているのです。

その上で、今後登山しながら、ラブラブで歩くそのような図式。

当然二人の、もしくは多人数の新しいパートナーシップでのあるきなので、越えれたオフロードを振り替えると、自然に絆が生まれているという、積みかさなが信頼を生んでいくのです。

さあ、直線平面走行のみのアメ車のスポーツカーから、階層をもこえながら、平面では、更け上がりもよく走り抜けられ燃費良い、ポルシェの2013デイーゼルカイエンのような心体に、今の自分を変えてしまえたとき、此れからの昼の皇の時代は、突然、ワクワクするシュチュエイションに変わって行きます。

ですから、カップルで、踊るようにお山に、入ってください。

もう孤独に向き合いながら、ひたすら苦行ように登る登山も、必要ありません。

あなたの不向きは、必ずパートナーが補足してくれます。

何故なら、相手の不向きも立体構造で知った上で、手を繋いでいるからです。

というよりも、だからこそ手を繋ぐ意味合いが見えてくるのです。

ですから、アップダウンで歩いているときほど、お互いの頭の位置は、水平を保っている状態に近くなります。

そのままの動きを平面で行うと、パートナー同士の頭の位置は、コロコロ高低を変えながら、躍り続けているような、動きに場が変わるとなっていきます。

勿論平面を高低を変えないで、左右や前後を変えながら動くことも出来ます。

その時場によって、自分を変えれる心体を身に付けたことになり、此れが絶対的な自由になっていくのです。

お昼の高速バスで、アップダウンの世界に、戻ります。

最近は、都会でも、随分と平面のみに囚われない、思考が出来上がって来ました。

此れも、平面の世界とアップダウンの世界とを、いったり来たりすることが、許されているお陰です。

此れが出入り自由な、アップダウンのあるコミュニテイーと平面の都会を繋ぐという、ミッションの必要性であり、何れは、せめて内装でアップダウンのある空間を、都会に生み出していきたいに繋がっている、核にある、僕の感覚です。

昼休みにそのような内装のカフェに入ると、平面思考が休まって、立体の自分にリフレッシュ出来るような空間提供です。





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